e0211739_08563411.jpg
(友達の子供と一緒に)

たくさんの思い出を思い出して、たくさんの人と出会って私は過ごしてきたけど、
すべての人のつながりに、今は自分の老いの自信が追てきた気がする。
あの頃あった、彼らが今の私を見たら、私は間違いなく魅力的に
年をとっているだろう。
そう信じたい。

少し前まではネガティブな言葉を綴るしかなかった、
私の心はまた違う段階に来ているらしいと。
最近気がつく。

あのとき、幼かった私は大事な人にあんな幼い態度をとってしまって、
でもそれはそのとき私には必要な幼さだったんだろうと。


20を超えたことだろうか、自分の命とか死とかが非常に近くに近づいてきたときがあって。
息をするのも辛くて、寝たら朝目が覚めるはずがないだろうと怯えて、
過ごしていたときがあった。
ひとはこんな私を思い込みが激しいといってたが、それに関しては今も何にも変わっていない気がする。

まだ若いと自分で感じるときは、
どんなときでも自分の生命力(生活力)の弱さを理由にしていて、
自分の存在が小さいくせに、それでも自分が実際に存在していることが当然だと思う。
そしてそんなことは問題にせずに、
ただただ自分の状況や立場や、関係や、そんなものに文句や不満を持ってうち悩む。

そしてこの頃はそんな悩みに自分の不甲斐なさや、
老いを理由につけているようになっているのだけど、
でもまた、もう一回考え直してみたんだ。


私のこれまでの時間は、たくさんの失敗と出会いと、
この存在出来ている環境のありがたさで積み上げられて来たのだけども。
そんな中でも、
このごろは、じつは、私は自分の老いに美しさを感じているんだ。


だからこれもいつか、
いつか自分の自信につながるといい。













[PR]
# by inei-reisan | 2017-09-10 08:58 | つながり | Trackback | Comments(0)

自分が住む国を選ぶ権利はあるが、国が私たちを選ぶ権利はない
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30