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ミャンマー vol.2 バガン

知り合いにこの場所を教えてもらうまで、存在を知らなかった場所
「行きたいところがあるんねん。。ちょーいいとおもわん?」
そんなお誘いから始まった、ミャンマー旅行。

バガンはミャンマーの中部にあり、観光地として有名であるらしい。
私の中でうかんだイメージはまさに映画トゥームレーダーズの山の中の寺院。
黙々とした緑と、その中にそびえ立つ赤茶色のレンガの寺院。

バガンに到着した次の日にさっそく電気自転車で繰り出した私。
体調が悪かった友だちはほっといて、砂埃の舞う中、遺跡の中を
ぐんぐん駆け抜ける。

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この風景を友だちに魅せられてついつい今回の旅に乗ってしまった私。
ミャンマーの中央部にあるバガンという都市には
様々な時代のお寺が始まっており、ミャンマーの中でも
聖地として崇められている。

たしかにお参りにくる参拝客も
アジアのお客さんがいっぱいで、さまざまな服装をした参拝客が
仏陀の前で跪く。西洋人も、タイ人も中国人も、私たちもみんな素足で行儀よく正座。
この時だけは国籍なんか、関係ない。

みんな何をお参りしているんだろう。
家族の健康か、恋愛祈願か、それとも
ただここに生まれたことに関する感謝だけなのだろうか?

そして私は仏陀の前で何もお願いをしていないことに気がつく。
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今の私は暑さと、砂埃にやられてまさに放心状態
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それぞれの寺院には、お寺の僧侶がお守りをしていて、その中を見せてもらうという感覚で。
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午前中から遺跡を追いかけて、私の髪も顔も砂まみれ。
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日中は30度以上もあり、せいぜい2、3寺しか見えない程度。
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そしてついに最後に見せてくれる夕暮れは、今の私にとって、
最大の会話相手となる。

また実際に来て良かったものがひとつ増えて。
自分のそういった幸せに感謝するために、
私は仏陀に手を合わせていた。
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by inei-reisan | 2016-02-11 02:07 | travel? | Trackback | Comments(3)


いやあ、しかし腹が減った。

初日にとったホテルには窓がなくて、密封空間を体験中。
外に出て散歩でもといわれても,夕方5時でまだ34度。これじゃあいつまでも外に出る気になんかならない。
だから部屋で一人読書中。

やっと友達のフライトがいま、空港に降りたった頃だろう。
さっきも経験したが、空港から街まで軽く1時間はかかるから、
きっとくるのはまだ1時間後。

ここはゆっくり活字を追いかけながら、
根気強く待とうじゃないか。


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ドイツや日本に住むと、どうしても時間に追われた生活になってしまうので、
一旦リセット。

これから2週間の旅が始まります。
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by inei-reisan | 2016-02-06 20:03 | travel? | Trackback | Comments(2)

ボローニャで初めて飛び込んだ建物が、偶然にもこのボローニャ大学の解剖室だった。

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人間は薄い皮を被った自身でうごかすことのできるマシンである。
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皮をはげ。その下にはなにが埋まってるんだ。なにがこのマシンを動かし、なにが何十年も
この機能を支えてるんだ?

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病気とはなにか。神の仕業か、呪いの悪さか。
知りたい、知りたい。その理由を知りたい。

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人間とはなんという奇跡だろう。
人間とはなんという失敗だろう。

さぁ、未知の世界を切り開こう。
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by inei-reisan | 2016-01-10 17:25 | travel? | Trackback | Comments(0)

ボローニャの前情報として知り合いにもう一つ教えてもらっていたのは
とてもとても古い大学があるということ。なんでもボローニャ大学は11世紀に創設されたそう。

本に惹かれるひととき。といっても惹かれた全然読めやしない。
ただ古びた背表紙と、型崩れしそうな形のなかに人間を魅了する
言葉が詰まっているかとおもうと、ワクワクするのだ。
本をたくさん読む方ではないが、それでも惹かれるこの思いは面白い。

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こうやって並んでるだけで、なにかを訴えかけているようで、本の声を聞きたくなる。

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わたしの好きな数学の本たちものこの時代からもうある。素敵。
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やはり夕方になると黄色い光が溢れてくる建物。このぐるりと囲まれた入り口につながる空間は、
立ってるだけで、いろいろな声が聞こえてくるような気がする。
一時期は子供達の小学校として使われていたというから、驚きだ。
こんな空間で走り回る子供たちは、どんな感じだったんだろう。

ちかくの教会には地面に星座のマークが描かれてる。
自分が立ったすぐ下に魚座のマークを見つけて、パチリ。いい感じの偶然で。

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by inei-reisan | 2016-01-09 17:23 | travel? | Trackback | Comments(0)

ボローニャ vol.2 扉


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ボローニャのまちはどこもかしこも黄色と赤と茶色で染まっていた。
今年最後の時間を惜しむかのように、ゆっくりと時間はまちを流れて行っていたような気がする。

まちのあちこちに古い大きな扉がはめ込まれている。
その大きな扉には、やはり大きな鉄の取っ手がはめてあり、
ごてごてと装飾されている。
大きな扉を押すのも重たいのに、
そこから出てくるボローニャ子はなんとも軽快だ。

クリスマスを思う存分に食べ食いした子たちが、今度は仲間に会うために
まちに繰り出すのだ。
25日を越えると、ポツポツとしまっていた店も開き始める。
早速買い物に出かける人々たち。
新年に向けて今度は新しく洋服でも仕立てるんだろうか。それともただの腹ごなしの散歩なのか。
まちは歩行者天国となり、ふらふら歩く人でいっぱいになった。

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by inei-reisan | 2016-01-06 08:46 | travel? | Trackback | Comments(0)

クリスマスにずっと訪れたかった街に向かっていた。
写真と語りでしか知らなかった街なのに、どうしても想像だけが膨らんで
どうしても行きたかった場所だったのだ。

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イタリアのその北の街は、なんとも広くて静かで、
想像どおり素敵な場所でした。

調べてみたらボローニャのまち自体が幾つもの時代を交差して生き延びている。
まちの中の道の石畳がいくつもの時代の色で染まり、削れていっていていた。
ときには行き止まりになり、ときには橋の下に道は続き、
どこまでも迷路のようにぐるぐると。
クリスマスの日はひとっこひとり外にはでていなくて、
しんとしていた。
無言のクリスマスイブ。
そういう例えが正しいんじゃないか。


御飯時になると、私たちのような観光客だけがうろうろとまちのなかを歩いている。
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イタリアの家族は、聞いてところによるとものすごく関係が深く、
クリスマスは必ず集まって祝うそうな。
その密接たるや素晴らしくて、逆に家族がいない人も一緒に知り合いのどこかでお祝いしてもらえるんじゃないんだろうか?

イブにカーテンで隠れたトラッテリアによるご飯を食べにはいってみる。
なかでは予約席がいくつか設けられ、その間に空いている席に着かせてもらった私たちは
まさかイタリア人の大家族のなかで食べる羽目になろうとは思わなかった。
時間とともに私たちの周りの席は予約をした地元のイタリア人家族に埋め尽くされてゆく。
大体が大人数で、きっと親戚そろってそこでイブのご飯をたべるのであろう。

いやぁイタリア人の食べ方はまさに豪快。
前菜だけで、何種類か、パスタを何種類か、そしてメインをひとり一皿きちっととり、
そのあとにデザートを何種類かとってゆく。
間に酒を飲み、最後にカッフェでしめる、まさに大完食。
みててもあっぱれ見事な食欲だ。

こんな胃に、我ら旅行人が付いて行けるはずはないのだ。
いや、付いていったらいけないのだ。
そう言い聞かせて、私は首をふりふりお店をでた。

イタリアはそういやぁ、そういう国だった。。
しばらくぶりで、うっかり私そのことを抜けていた。笑。
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by inei-reisan | 2016-01-05 06:27 | travel? | Trackback | Comments(0)

japan again

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それにしても最近はよく日本に飛んでいる。
帰るたびに日本語、日本海、日本食。
こうやって帰る場所がある幸せと、それでも年に2回も飛ぶとやはり私は
海外に長く住みすぎてしまってるのだなあと思う。
その感情の繰り返し。


日本の天気は連日秋晴れで、湿気をふくんだ温かい秋風が
心地よかった。
今回もあの大都会を通らずに、帰ってきてしまうのだなあと思うと、
もうしばらくは日本に帰ることなんてないかもしれない。

さて実家は北陸なので、近場日本海沿いの、寂れた旅館に足を延ばす。
高速を降りて、温泉街にたどり着けば、
観光客なんて数えるほどしかいなくて、
どこもかしこもお客の取り合い状態。

田舎の温泉街は、都会で起きているニュースなんて、
全くの他人ゴトで毎日を過ごしている。
世界の核戦争よりも、
通学路の用水路の結界。
海の向こうの地震災害よりも、
田舎駅で塗り替えたばかりの壁の色。
毎日自転車にのって、ヘルメットかぶって、
田んぼ道を30分も40分もかけて
通学、通勤する田舎の人たち。

よく北陸の女ぽいと、若い頃に言われもしたが、
要は田舎の女ということだったのだろうか、今になってひとりごちる。
ただ今でもまさに寂れた田舎の駅のホームで、
30分も先にしかこない、単線の電車を待っていたとき、
あぁこうやって私の忍耐は鍛えられたのだろうな。と気がついた。

忍耐強く、まじめにこつこつと。

そう、私の掲げるモットウそのものなのだ。
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by inei-reisan | 2015-10-20 23:08 | travel? | Trackback | Comments(1)

paris タジンランチ

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移民が増えていいことは、いろいろな食事の種類ができることよね〜
とパリの友人と話す。
パリの最後の日、飛行機のチェックインの前に近くのカフェで、昼ごはん。
このお店はアルジェリア人が経営してるカフェで、
日曜のお昼に、クスクスとタジンのランチを出している。
これがどちらも美味しくて、美味しくて、
こんなのミュンヘンでたべれないっと繰り返す。

私のが手前で、羊と、ダーツ、アプリコットと野菜。
友達のはチキンだったかな。

フランスは物価が高いから、これにワインをいれて(もちろん)、
16,17ユーロはしたが、それでもパリでしかたべれない。

おもしろいのは、このテラスに出されていたテーブルの下の広告で、
兵隊の募集?
フランスは軍事国だなあと実感。おしゃれな国だけじゃ、もちろんない。

ドイツ人もフランス料理が大好きで、よく特集番組をやってる。
ここで見つけた、料理家でなんとなく親しみを抱いてみているのが、
彼女の番組。


DER SARAH WIENER

素人っぽく、料理人を渡り歩いて、自分の料理をつくっちゃう。
じつは彼女ベルリンに自分のカフェも持っていて、もうドイツではセレブ。セレブ。
一回いってみたけど、ケーキの値段がえらい高くて、びっくりしたもんだ。

でも、おいしいものには、私も目がないのは事実。。。
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by inei-reisan | 2015-09-13 16:43 | travel? | Trackback | Comments(0)

paris 久しぶりの美術館

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ミュンヘンに帰ったら急に寒くなってしまった。
いそいであちこちから冬服を取り出して、
ぐるぐると巻きつけてやり過ごす。


パリにいって、ひさしぶりに美術館に行こうと思った。
いろいろ迷ったけど、今回はオルセーへお邪魔する。
さすが夏休みで、監視員はほとんど学生バイトか移民だらけ。
いくら一つの絵でじっと近づいていっても、ちっとも警戒されることはなく、
むしろ見きれてなかった絵を監視員自ら眺めていたり、
ちょっとのんびりした空気が流れていて。

今回はアールヌーボの展示に、個人的にテンションがあがったのだけども、
4時間いても、全部は見きれず、閉館で外へと追い出される。

でもふと気がついたのは、例の写生している学生がここにはいない。
やはり都会すぎるから、そういうことも禁止なのかな。

そう、アールヌーボ。
ギマールの家具も、ミュシャの壁画もすべて知っているつもりだったのに、
いざ現物が目の前にあると、うっとりと見とれてしまう。
かの有名な画家さんのエリアは人がいっぱい溢れていて、ゆっくり見ることもさせてくれないのに、
家具のエリアは人が少なく、ゆっくり妄想の世界にいける。笑

あとロートレックの絵は、すごかったな。大きい絵も、ただの写生画も
人間がうねうねして、活気に溢れている。
どこの絵をみても、パリの雰囲気が漂っていて、
すべてに人間のストーリーが組み込めれているのも迫力がある。

この街がこういう風景を描くぐらいにどこもかしこも騒がしいからか。
ただ、それもパリの街の魅力の一部となっているんだろう。

さて、
美術館からの帰り道。それは黒い曇り空で、
歩いてチュルリー公園を横切るころには、
ぽつぽつの雨が、ボツボツに切り替わり、
冗談では済まない状況に突如切り替わる。
傘ももってなかった私を含めて、通行人たちは走り出し、
なんとか葉が茂った公園の木の下で雨宿り。

そうはいってもものすごい雨の量で皆ずぶ濡れ、
みんな着ている服はベタベタで、なんとも悲惨な状況に。
私の雨宿りをした木の下には、田舎から来たらしいフランス人の中年の女友達同士が先行で
乗り込んでいて、飛び込んだ私にすこし場所を譲ってくれる。
いく間もなく、イタリア人の家族が加わり、移民系の輩が到着し、
英語を話す中年夫婦も参加。
なんとも賑やかな一本の木の下。

ほら、こうやっていつでもどこでも、この街は
ストーリーが一瞬にして始まっている。

だからね。


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by inei-reisan | 2015-08-21 05:28 | travel? | Trackback | Comments(1)

paris

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先週末パリへ里帰り。リヨンも私の里だけど、パリは今でも私の街。
10年前より、もっと治安が悪くなって。
もっと地下鉄は臭くなって、ビザも降りにくくなっ
てるけども、
それでも私はフランスという国に恋をしたのだから、
その事実は変えられない。


今回はパリ時代の友達が妊娠して、そのお見舞いも兼ねて
チケットをとった。
よく考えたら、こうやって1年に一回はどこかでフランスに
飛んでいる。

今回泊まった彼女のお家はパリの墓地の真ん前のロケーションだったから、
私たちは天気がいい日に、散歩に繰り出した。
彼女の大きなお腹を気にして、ゆっくりと一歩ずつ、
石畳を歩いて行き、有名な画家さんだとか、ミュージシャンとか
見て回る。

夕日に映えた墓石はどれも古くて、大きくて、
ドイツの緑の中にある墓石とは大違い。
それにここみたいに墓地の中でマラソンしている人も見当たらない。

それでも、広大な墓地の敷地はパリジャンの散歩コースになっているらしく、
ベンチでゆっくり休んでいる人がたくさんいた。
もちろん観光客もたくさん。

そして、ふとリヨンのフルビエールの丘の上のお墓を
私は思い出す。

2007-06-02 14:16:59
丘の上の散歩 -Cimetiere de Loyasse-
テーマ:a Lyon

リヨンの街を一望できる丘にリヨン市民の墓地がひろがっていた。

歩いている人はひとっこ一人いなくて、天気もなんだか泣き出しそうでコクトーの詩がぴったりくる場所。丘から見下ろす死人達。「ベルリンの天使」のような守護神がいるかのような。

こういう場所では天使もなんだか力強いし、イエスも道案内人だし、墓石に飾っている写真はなんとなくまぬけだし。。

でもなんとなくフランスらしい風景。

パリのように有名な作家の墓でもないかと探してみたけど、いまいち区別がつかない。。しかも古い物はツタに覆われているし、時には雷にあったのか粉々に砕けているのもあった。
刻まれている文字だけでその人の人生を知る。
この時代で長生きしたんだなあとか、金持ちの家の墓だから墓参りはいつも全員集合参列なのかしら?とかなんとか。。(笑)
にほんのお墓と違ってなんとなくセメタリーはなぜか怖い感じがしないんだな。。


この入
り口の門がしまってしまったら、私は今晩どの墓石と一緒に眠ろうか?

心臓の由々しさ



泉の水は流れる、犬の口のように由々しく。

ばらには僕も驚かされる、何しろにっこりともしないので。

樹々は立ったまま眠る。
冗談なぞ言わない。

例えば彼は自分の影に命令する。

『横になれ、休息しろ、今夜また出発だ』

晩に、影はまた枝に登る、そして彼らは出発する。


恋する者は壁に書く。


自分の心臓を見たら、僕はもうあなたに微笑みかける事は出来まい。

彼はこの無月の番に働き過ぎる。

あなたの上に寝て、僕は凶報をもたらす彼の駆け足を待ち伏せる。



「詩集」-Gravite du coeur- (par Jean Cocteau) 訳:堀口大學
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by inei-reisan | 2015-08-19 06:10 | travel? | Trackback | Comments(0)

自分が住む国を選ぶ権利はあるが、国が私たちを選ぶ権利はない