つながり

一週間がまた過ぎて静かな日曜が訪れる。
ここ数日私の頭はおそい成長が訪れているらしく、
くるくると回転中。
それとは別に窓の外はもう葉をすっかり落としてしまった枯れ木ばかり。
広場ではそろそろとクリスマス市場の準備が始まっているのだ。
毎日のように焼いているクリスマスのためのお菓子が
道行くひとのおなかにおさまる日ももう遠くはあるまい。

昨日機会があってバイオリンの演奏会を聞きにいく。
それぞれ駆け出しのバイオリニスト達が自分たちの音楽を
奏でてゆく様は私の心をうった。
指揮者はやはり指導している先生らしく、オーケストラが一段となって演奏する様は
なんとも微笑ましいものであった。
しばらくすると一人ソロの演奏が飛び出した。
彼女はなんとも先輩らしく優雅にバイオリンを引きこなしていったのだが、
なぜか私の好みに反するセンスであった。
演奏はこういっていた。
「私をみて」
なぜかこの手の主張が苦手な私には途端にこの演奏会のバランスが崩れて
しまった気がした。
主張にはそれなりにあったいい方法がある。それを彼女は完全に無視していた。
演奏はすばらしく、よく訓練されたものであったけど、そんなわずかなバランスで壊されてしまった
私の耳はなぜかそれからイヤホンをつけているかのように
演奏を聴いているのであった。

また次回かれらの演奏を聴く機会に恵まれるだろうか?
次に聞いた時私はまた違う印象をうけるのであろう。

世の中が流動的なものであると、

今の私はひしひしと感じているのだ。
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# by inei-reisan | 2010-11-21 16:39 | ミュンヘン日常 | Trackback | Comments(1)

自分が住む国を選ぶ権利はあるが、国が私たちを選ぶ権利はない
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