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このブログのタイトルは陰翳礼讃(いんえいらいさん)からきているのだが、
私の言葉はちっともそれを表現できていなくて、つまらない。

最近はちいとも長文を書くようにならなくなったし、買いてもすぐ飽きるようになってくる。
それはどの分野にも影響し、深く掘り下げることが少なくなった。

つまらない人間とは、人のことではなく、自分のことを常にゆうのであろうと考えれば、
今は最も納得がゆく。


最近の私はよく鍼に通っている。そもそもは自分の体自体の免疫を向上させたくて始めたものだが、
毎週ほどそこに通う私は、すっかり鍼師のファンになりつつある。
自分の体を自分で知ることに集中する。どこに不具合があるかを確認する。
どこの不具合を直してゆくかを知り、行ってゆく。
そんな地味な内容が毎回繰り返されている。

しかしながら、実際鍼を刺されている私の体はきっと滑稽だ。
長い細い鍼が何本もぐさぐさと刺されていると、
鍼師の言葉もしっかり入ってこないことが度々ある。

その鍼の先から、きっと意味不可解な気なんかが流れ出て、
私の体をあちこち操作しているにちがいない。(そういう系統は私は信じてはいない)

先日の処置は、オランダでもっとも風が強い日で、横になった私の顔の窓から少しずつ入ってくる風が強くて、
本当に参ってしまった。
ただでさえ鍼に刺されてジンジンしているのに、風がバタバタと2重苦である。

ただ、そもそもそういう風に自分の体としっかり向き合うことが
長い間まったくなかった。

だからここでの鍼通院もまた今でこそ必要なことなのかも。

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by inei-reisan | 2019-07-20 17:23 | オランダ生活 | Trackback | Comments(0)

こんな感覚

朝、起きて窓を開けると隣の店のおじさんが、窓枠をペンキで塗っていた。
遠くで教会の鐘が鳴っていて、
買い物帰りのおばさんが、そのおじさん相手にオランダ語で挨拶をしている。
日本とかでは存在しない違う生活。
白いペンキとかきっと日本家屋に似合わないし、遠くから聞こえてくるのは
教会の鐘ではなくて、きっと物干し屋のトラックのアナウンス。
今日、そんなことを考えていて。

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
そしたら。

ヨーロッパ生活が長いから、こんな感覚になったのだろうか。

最近、いろいろなことを普通に感じるようになった。
さっき描写した風景もそうだけども、
街で歩いてる金髪のお兄さんの姿も、ヨーロッパのブランドの家具や車も、
青い目の赤ちゃんも、聞こえてくるポップ音楽も、
いろいろなことを違うとは感じずに、
受け入れるようになった。

でもここでラッキーなのは、ここでの生活が普通になったということで、
苦痛になったことではないということだ。

それと同時に、日本での生活があまりにも色あせてきて、いろいろ思い出すことが
時々映画の一場面のように鮮明に色づいてくるようになった。

いろいろな変化を楽しいと感じる私には、
この普通になったことは感覚は、面白いとは感じるにならなくなったかもしれない。

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
逆に、そんなヨーロッパの風景を歩いている私は、いつまでたってもきっと異文化の女の人だ。
一人だったらまだ目立たずとも、2人、3人と連れ立てばきっと
異文化に違いない。


結局のところは、いくら私が普通の感覚になっても、風景になることはできない。
ヨーロッパで、風景の描写をするときには、例外としてかたづけられる。

そんな異分子の存在が、時に私には愛おしく、時には自分と重ね合わせることになる。


違う国に住むということは、やっぱり、

結構想像していたよりもずっと深い。

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by inei-reisan | 2019-07-09 01:36 | オランダ生活 | Trackback | Comments(0)

自分が住む国を選ぶ権利はあるが、国が私たちを選ぶ権利はない
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